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2016.12.29 Thursday

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    ビートルズと私(間瀬聡)「7. 我慢して聴く名盤」

    2016.11.30 Wednesday

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      7. 我慢して聴く名盤

       

       みうらじゅん氏がいいことを言っている。「ものごとは、頑張って好きになっていくのが、本当なのではないでしょうか。むりやり好きになったわけですから、努力が入っているわけですから、もう、好きに決まっているわけですよ。」(『新装版ほぼ日の就職論 はたらきたい。』ほぼ日ブックス、p.90)これは核心をついた素晴らしい発言だと思う。何かを好きになるということは、簡単なようで難しい。それがものであれ、人であれ、思想であれ、努力なくして、本当の「好き」は成り立たないのではないだろうか。第一印象で好きだと思ったものでも、結構すぐに飽きたり、嫌な側面が見えてくると、だんだんと心が離れてしまったりする。逆もまた然りで、始めは苦手だったものが、病みつきになってしまうこともある。違和感がいつの間にか快感に変わっていくあの感覚。僕が所謂ロックの名盤と呼ばれているアルバムを好きになったのも、かっこいいロックをかっこいいと思えない自分がダサい、という考えから、努力して、我慢して聴き続けたからだ。

       

       

       ビートルズには難解な曲が結構ある。変な曲や、ふざけた曲も多くて、ベスト盤に入っているようなポップなイメージで聴くと最初は戸惑うものだ。特にジョンの曲が変だ。ビートルズのファン投票でも一番人気になることが多い「Strawberry Fields Forever」や「A Day In The Life」、サイケデリックサウンドでテクノミュージックの走りとも言われる「Tomorrow Never Knows」、ナンセンスな「I Am The Walrus」や、もはや歌でもない「Revolution9」など。ポールの曲は入り口が優しくて、ビートルズ初心者も満足させてくれる。僕も例に漏れず、初めはポールの曲の方が好きだった。もちろん、ポールの曲が単純だという訳ではなく、むしろジョンの方が単純なことが多い。ポールの方が、何となく品があって、ジョンの方が粗野な印象だった(実はポールの方がアヴァンギャルドだったというのは、プロデューサーのジョージ・マーティンも言っている)。

       

       

       解説好きだった僕は、ジョンの難解な曲(特に中期)を誉め称える文章を読んでも、その良さがわからなかった。が、そこは思春期である。エキセントリックなものを好む方が格好いいと思い、難解な曲もわかっているフリをした。この曲のどこがいいんだろう、そうか、この部分がすごいと言われているポイントなんだな、と勉強しながら聴き続けた。よくわからないなりに。我慢して聴いていると、嫌でも覚えてくる。覚えてくると癖になってくる。ストロベリー・フィールズなら、気怠いジョンの「レッミーテイキューダーン」から、リンゴのへんてこりんなドラムフィルが入ってくる所が崇高に思えてくる。アウトロの変な付け足しに狂気を覚える。単調な印象だったウォルラスも、おもしろいストリングスアレンジに心奪われるようになってくる。レボリューション9は相変わらず意味不明だが、むしろこの白昼悪夢のような、マニアックな感じこそビートルズだ、と思うようにさえなる。わざとハマりにいきながらではあるが、見事にハマってしまったわけだ。そしてまたアルバムを通して聴いて、ポップな曲も不気味な曲も書けるビートルズの幅広さに改めて感心するのだ。

       

       

       シングル曲が入っていないロックの金字塔アルバム『Sgt. Peppers Lonely Hearts Club Band』は、アルバム全編にわたって変な感じなので、なかなかの苦行だった。ジョージのインドモロ出しの「Within You Without You」も長くてしんどいし、中盤の連続ポールのノーブルな感じもなかなかアレだった。なんでこれがロックの名盤なんだろうと思いながら、我慢して聴いた。いいなと思うところまではいけたけれど、それでも(今でも)やっぱり『Revolver』の方が好きだった。

       

       

       ビートルズは義務教養と思い込んでいたので楽勝だったが、ビートルズ以外のロック名盤には諦めたのも結構ある。ハードロックやヘビーメタルはハマれなかった。比較的親しみやすかった90年代から徐々に遡っていったが、BECKの『ODELAY!』なんかは一発でハマった。修行いらずもたまにある。グランジは苦手で、Nirvanaを修行で好きになれたくらいだ。ダークな世界観が好みではなかったんだと思う。ダークな世界観と言えば、高校生の頃、Radioheadが『Kid A』と『Amnesiac』という問題作を発表した。『OK Computer』も重苦しくて、結構我慢して聴いていたのに、また変なの出してきて、どこまで苦しめるバンドなんだと思ったが、にわかファンと思われないように、MDに焼いて、通学の地下鉄の中で聴き続けた。ビートルズの変化をリアルタイムで体感した人達は、こういう気持ちだったのかなあと思った。結果、この2枚は奇麗な音楽で心地いいと思えるようになって、そこでようやくレディオヘッドが好きになった。

       

       

       本当にいいものを理解するのは、時に努力が必要なこともある。間口が広いことも大切だけど、アーティストがそのときの人生をかけて作った作品は、尊いものだ。受け取る方にも覚悟がいる、こともある。それは自由だから、受け取らなくてもいいのだけれど、受け止められたら、それは素敵なことだ。勘違いでも、間違っていても、何かに真剣に向き合うことは大事なことだと、ロック名盤を我慢して聴いて好きになった経験から学んだ。かっこつけるということも大事なことなのだ。(なお、冒頭で引用したみうらじゅん氏もボブ・ディランを修行のように聴き続けて好きになったそうだ。詳しくは『「ない仕事」の作り方』文藝春秋、で。「自分洗脳」など、思い込むことの大切さは僕もずっと思ってきたことなので、とても共感した。)

       

       

      (次回「8. 高校時代」に続く)

       

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