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2016.12.29 Thursday

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    ビートルズと私(間瀬聡)「0. 知らぬ間に入門」

    2016.10.03 Monday

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      『ビートルズと私(間瀬聡)』

       

       

       2016922日、ロン・ハワード監督のドキュメンタリー映画『The Beatles Eight Days A Week The Touring Years』を見て感動した。改めてビートルズのかっこよさ、バンドというものの素晴らしさを思い知らされた。僕がこれまでバンドにこだわって音楽活動を続けてきたのも、やはり憧れのビートルズがいたからだ。これまで何度もビートルズについて話したり書いたりしてきたけど、今一度、自分にとってのビートルズをまとめておこうと思う(これに関しては、最近読んだ村上春樹『職業としての小説家』の影響もある)。

       

       

      0. 知らぬ間に入門

       

       父がビートルズ好きだった。おそらく、僕が小さい頃から家でビートルズのCDがかかっていたことはあると思う。だけど、少なくともそういった記憶はない。遡って思い出せる最初のビートルズ体験は、小学校1年生の1学期だ。当時、転勤族の息子だった僕は、東京都目黒区の不動小学校に通っていた。その時の担任が柳瀬先生だ(下の名前は覚えていない)。柳瀬先生は今思えば、少し変わった先生で、教室にZO-3ギター(フェルナンデスが販売している、象の形をしたアンプ内蔵型の小さなエレキギター)を持ってきていた。その頃の小学校の教室と言えば、足踏みのオルガンなんかが置いてあって、23年生くらいまでは担任がそれを弾いて、簡単な音楽の授業をするのが普通だったと思う。柳瀬先生が教室でオルガンを弾いていたかどうかは思い出せない。ぞうさんギターは幼心にも新鮮で印象的だったのでよく覚えている。多分、僕らはそのギター伴奏にのせて、チューリップなんかを歌っていたんだろう。

       

       

       柳瀬先生は僕らに歌わせたり、カスタネットを叩かせたりするだけじゃなかった。なかなかちゃんとした上下式のクロマチックハーモニカをクラス全員に買わせたのだ。小学校1年生で。鍵盤ハーモニカや、リコーダーよりも先に。今も実家にあるのだろうか?黄色いケースだったこと、うまく吹けたらハーモニカに金色のシールが貼ってもらえたこと(まあまあだと銀色)、たくさん練習したので唾で臭くなっていたことは記憶している。僕らのクラスだけだったのか、学年全員買わされたのかは分からない。僕はその年の夏休みにはもう岐阜に転校したからあまり覚えていない。

       

       

       僕は幼稚園の頃からヤマハのエレクトーン教室に通わせてもらっていたので、音楽は好きだったし、ハーモニカも結構上手く吹けた。柳瀬先生が僕らを屋上に連れて行って、青空の下、みんなでピープーピープー、賑やかに練習した。その練習曲の1曲が、ビートルズの「Ob-La-Di, Ob-La-Da」だった。他にどんな曲をやったのか一切覚えていないのに、この曲だけはなぜか覚えている。曲のキーはCでやっていて、「ミミミミミレドシレレ、ファファファファファファミレド」で始まる。サビは「ドミソ、ドミソ、ドミソ、ドー」だ。サビは和音で鳴らないように、唇を尖らせて吹かないと駄目だ。僕はきっとこの曲が好きだったんだろう。何度も練習して、金色のシールを貼ってもらった(自慢になるが、僕のハーモニカは金色のシールでいっぱいだった)。行進曲みたいで吹いていて楽しかった。だた、この曲のタイトルは忘れていて、気づいたのはもっと後、僕が中学生になってからだ。柳瀬先生に教えてもらって、ハーモニカで吹いた「Ob-La-Di, Ob-La-Da」。これが僕の知らず知らずのうちのビートルズ初体験だったわけだ。

       

       

       (次回「1.    岐阜市役所前のミスタードーナッツ」に続く)

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